文字の羅列の羅列
- らびっとぉ
- 2021年6月13日
- 読了時間: 2分
サークルが何の為にあるのか
それは紛れもなくサークル員の為である
サークル員がそこに居て楽しめるのであればそれ以上のことはない
であれば、次にサークル員の定義を考えねばならない
サークルに加入後、一年以上を過ごした私達については無論のことである
しかし、彼らに関してはそうは言えない
私達は分かり易い指標を求めるが、本当の意味でアイデンティティを受け入れるかどうかを知る術はない
通過儀礼が通過儀礼たらしめられるのは、その行為の後に成る存在が何であるかを事前に理解している場合のみであり、それは丁度成人を迎えたかつての子供たちが、大人とは何たるかを長い時間をかけて人から聞かされてきたのと同じである
分かり易く言うのであれば、それが団体に所属する意思表明だとしても、メンバーと成って活動を共にする意味か、コンテンツを享受し利用する為の参加意思という意味かは不明であるという事だ
その前提の勘違いしたままでは両者に齟齬が生じる可能性がある
勿論、十分に理解した上でその一部となりたいと思っていることが分かっていれば私もくどくど言わなくて済む
しかし、実際の参加率や定着率を見てみれば、団体の主旨が伝わっていないことと、共に活動する意思が薄いことが分かるのではないだろうか
ここで勘違いしやすいのは、共に活動する意思が薄いことが団体のコンテンツを享受したくない訳ではないという基本的なことである
最初から洗脳されに来ている人なんてごく少数だという事がどうして分からないのか
それがオンラインで一層酷くなっていることは知る由もないのだろう
そこには壁があるのだから、いつまでたってもお客様でしかない
そろそろいい加減考慮せねばならないのは、下回生重視の活動が不可能であることと上回生が何の為にそこで活動しているのかという点だ
それが言えれば何でもいい
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